2022年1月19日に、第166回芥川賞・直木賞の受賞者が発表されました。
今回の直木賞は今村翔吾さんの「塞王の楯」、米澤穂信さんの「黒牢城」のダブル受賞となりました。
三度目のノミネートで見事直木賞受賞となった今村翔吾さん。
2022年1月現在で37歳の今村翔吾さんは、30歳になるまで小説を書いたことがなかったといいます。
どのようにして直木賞を受賞するまでに至ったのか、経歴や学歴について調べています。
目次
今村翔吾の経歴
「絶対に破られない石垣を作る石工」と、「どんな城も落とす砲を作る鉄砲職人」の対決を描いた「塞王の楯」で直木賞を受賞した今村翔吾さん。
今村翔吾さんは京都府出身、滋賀県大津市在住の時代小説家・コメンテーターです。
しかしそこに至るまでにも様々な経歴をお持ちです。
- ダンスインストラクター
- 作曲家
- 守山市埋蔵文化財調査員
- 本屋経営
- コメンテーター
一見すると一貫性のないようなお仕事経歴ですが、そこからどのようにして直木賞を取るまでの小説家になられたのでしょう?
①ダンスインストラクター
今村翔吾さんのお父様は今村克彦さんといい、関西京都今村組(株式会社 Office REY)という創作ダンス集団を率いています。
その影響で、中学3年生からダンスをやっていたという今村翔吾さん。
20代の頃は、実家のダンススクールでダンスインストラクターをしていました。
ある時、教え子さんたちに「夢をあきらめるな」と声をかけたところ、なんと「翔吾くんも夢をあきらめているくせに」と逆に言い返されてしまいます。
「『夢を諦めんなよ』みたいなことを僕が言ったんやと思うんですよね。
ほんなら、向こうから返ってきたのが『翔吾君も夢を諦めてるくせに』って言われたので、それが一番衝撃的で…。
『30歳になってからでも夢は叶うと俺の人生で証明する』って言ったんやわ」
引用:MBS NEWS
今村翔吾さんは中学、高校生の頃から「小説家になりたい」とぼんやり思っていましたが、だからと言ってその夢のために何かをしてきたわけではなかったのでした。
教え子さんにそう言われた今村翔吾さんは、「30歳になってからでも夢は叶うと俺の人生で証明する」と宣言し、小説家への道を歩み始めるのです。
②作曲家
今村翔吾さんには作曲家という肩書もあります。
お父様の今村克彦さんが率いているダンス集団「関西京都今村組」で使われている曲では、作詞作曲を今村翔吾さんがされているものもあります。
私は、後ろの左端でギターを弾いています。
相当豪華なメンバーですな。作詞:今村克彦 & 今村翔吾
作曲:今村翔吾&柳瀬ジャッキー
編曲:柳瀬ジャッキー
gt, bs, ds,key:柳瀬ジャッキー
津軽三味線:山影優
和太鼓:山内利一
歌:今村克彦&今村翔吾#yosakoiソーラン祭り #関西京都今村組 pic.twitter.com/52puhfXnaw— ジャッキー 音楽製作家・ギタリスト (@sd_oneness) June 8, 2019
また、茨城県を拠点に活動している「龍ヶ崎天荘中村組」の楽曲を手掛けていたりもするようです。
今や全国的に有名な歴史作家今村翔吾先生は約十年程前から私達中村組の楽曲、龍真気、龍楽を手掛けた方でもあるのです。作家の才能もあれば、作曲、作詞の才能もピカイチ!是非龍ケ崎に翔吾先生を招いてはいかがでは?蔦屋書店さん、WonderGOOさん? #今村翔吾 #今村組 #龍ケ崎天荘中村組 #龍ケ崎 pic.twitter.com/Hh2kT2wMhL
— 龍ヶ崎天荘中村組 (@2008RTNG) October 21, 2018
多才な方だということがよく分かりますね!
③守山市埋蔵文化財調査員
小説家になることを志した今村翔吾さんはインストラクターをしていたダンススクールを辞めます。
そして、滋賀県守山市で募集があったことをきっかけに埋蔵文化財調査員になり、2年間発掘調査のお仕事をすることに。
「歴史秘話ヒストリア」などでよく出てくる、発掘現場の監督さんのような感じだったそうです。
お仕事は体力仕事で夏場はものすごく暑く、汗で作業着がドロドロになっていたと言います。
そしてお仕事が終わると帰ってお風呂に入って、そのままパンツ一丁で小説を書く、という日々を過ごしていました。
頑張ってた。
夏なんて発掘現場は死ぬほど暑いけど危ないから作業服着なあかんし、汗でドロドロになって5、6時に帰ってお風呂入って、そのままパンツ一丁で書き出してました。
六畳一間で最初はみかん箱裏返して机にして、座布団もなかった。座椅子みたいなの買った時に感動したの憶えているもん。
引用:WEB本の雑誌
そうやって書いた短編小説「蹴れ、彦五郎」が2016年第十九回伊豆文学賞の小説・随筆・紀行文部門最優秀賞を受賞。
同年、短編小説「狐の城」が第二十三回九州さが大衆文学賞大賞の笹沢左保賞と立て続けに受賞します。
審査員の方々の評判も良く、なんと北方謙三さんにも「こいつは絶対書けると思うよ」と言っていただいたのだそうです。
そして2017年、羽州ぼろ鳶組「火喰鳥」でデビュー。
「火喰鳥」は、啓文堂書店時代小説文庫大賞も受賞しています。
デビューから10ヶ月後、書くことに集中するために今村翔吾さんは埋蔵文化財調査員のお仕事を辞め、専業作家となりました。
④本屋経営
今村翔吾さんは現在、「きのしたブックセンター」という本屋の経営もしています。
- 木下ブックセンターサンクスみのお店
- 住所:〒562‐0001 大阪府箕面市箕面六丁目4‐28
- 電話番号:072‐722‐1915
「きのしたブックセンター」は1967年に創業した大阪府箕面市の書店です。
最盛期には4店舗展開していましたが、だんだんと売り上げは低迷してしまい、最後に残された阪急箕面駅近くの店舗も廃業寸前となってしまいました。
そんな折、「継いでくれる人を探している本屋がある。やってみないか?」と今村翔吾さんは「きのしたブックセンター」の経営を同級生から持ち掛けられます。
最初は断っていた今村翔吾さんでしたが、「思い出の本屋をなくしてはいけない」と、経営を引き継ぐ決心をしました。
書店を見学に訪れたとき偶然目にした光景が今村さんの背中を押した。
「小学2年生ぐらいの女の子とおばあちゃんが絵本を買いに来たんですよ。
ここがなくなるということは、女の子が大人になったとき『おばあちゃんと行ったあの本屋』の思い出もなくなるのかなって、ふと思って。」
現在は書店の売り上げチェック、売れそうな本の仕入れ、販促企画など、経営の方にも力を入れています。
今後も執筆業と本屋経営の両立は続け、箕面と長いお付き合いをしていきたいと語っています。
⑤コメンテーター
今村翔吾さんは、TBSの情報番組「Nスタ」(月曜~金曜 午後3:49~午後7:00)のコメンテーターも務めています。
直木賞の受賞の際には「Nスタ」で生中継されました。
受賞が決まって今村翔吾さんが感動の涙を流した時には、メインキャスターの井上貴博アナウンサーも感激し涙を流していました。
今村翔吾さんと井上貴博アナウンサーは同い年で仲も良いらしく、喜びもひとしおだったのでしょうね。
今村翔吾の学歴
様々な経歴を持ち、現在は8本もの連載を抱えている超売れっ子作家の今村翔吾さん。
今村翔吾さんの学歴は以下の通りです。
- 出身中学・高校:奈良女子大学附属中学・高校
- 出身大学:関西大学
今村翔吾の出身中学・高校
今村翔吾さんの出身中学・高校は、「奈良女子大学附属中学・高校」です。
- 奈良女子大学附属中学・高校
- 住所:〒630‐8305 奈良県奈良市東紀寺町一丁目60番1号
- 偏差値:67
お父様である今村克彦さんのブログ(2005年9月22日分)に、その頃のことが書かれています。
「くだらない決まりある中学校には行きたくない」の一心で猛烈な受験勉強をし、立命館中学、奈良女子大学付属中学に合格。
大学まであるからと親が進める立命館中学を蹴り、「自主、自立」の校風にあこがれ、奈良女子大付属中学に入学。
小学生の頃から自分の意思をしっかりと持ち、リーダーシップの取れるがんばり屋だったのですね。
今村翔吾の出身大学
今村翔吾さんの出身大学は「関西大学」です。
- 関西大学
- 住所:〒564‐8680 大阪府吹田市山手町三丁目3番35号
- 偏差値:50~65
- 所属:文学部(引用:Wikipedia)
今村克彦さんのブログによると歴史も学んでいたようですね。
今村翔吾さんは関西大学在学中、21歳の時に、今村克彦さん率いるダンス集団「関西京都今村組」の二代目に就任しています。
21歳という若さで二代目リーダーを任されている今村翔吾さん。
非常に濃い人生を送ってこられたのだと感じますね!
まとめ
直木賞作家・今村翔吾さんの経歴、学歴についてご紹介しました。
非常に多彩で、30歳を過ぎて小説家を志し、わずか7年で直木賞を受賞した今村翔吾さん。
何をやるにも全力で取り組む姿勢がとてもカッコいいです!
今村翔吾さんの小説は時代ものといえどとても読みやすいようなので、ぜひこの機会に手に取ってみたいですね!